呪術廻戦オマージュ多すぎ?元ネタやパクリ疑惑の境界線を検証

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こんにちは。アニクロニクル 運営者の朝日 とうまです。

アニメや漫画を楽しんでいるとき、ふと強烈な既視感を覚えて「あれ?」と首をかしげてしまうことってありますよね。特に呪術廻戦を見ていると、ハンターハンターやブリーチといった過去のジャンプ名作と似てるシーンや設定がたくさんあって、ネット上でも「呪術廻戦 オマージュ 多すぎ」じゃないかとか、これって許されるパクリなのかなといった議論が尽きないのを目にします。

大好きな作品だからこそ、それが作者のリスペクトによる元ネタありきの演出なのか、それとも権利的にグレーな領域なのか気になってしまう。そのモヤモヤした複雑な気持ち、私自身もすごく共感できますし、作品を愛するからこそ知っておきたい部分だと思うんです。

今回はそんなファンの心境に寄り添いながら、実際の比較検証や作者自身の発言をもとに、事実関係を一緒に整理していきましょう。

この記事のポイント

  • 漫道コバヤシなどで作者本人が語った元ネタや影響を受けた作品一覧
  • ハンターハンターやブリーチとの類似点に関する詳細な検証結果
  • オマージュとパクリの境界線となったうずまき事件などの過去事例
  • 現代の漫画における引用文化と作品をより深く楽しむための視点
目次

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呪術廻戦のオマージュが多すぎると言われる背景

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『呪術廻戦』が「オマージュ多すぎ」と言われる最大の要因。それは、芥見下々先生がジャンプ史上初の「完全なるデジタルネイティブ世代の作家」であることに起因していると私は見ています。

過去の名作漫画、映画、アニメ……。あらゆるエンタメがネット上に「データベース」として存在する時代に育った彼にとって、創作とは「ゼロから1を作る」ことではなく、**「既存の神作品をDJのようにリミックスすること」**なのかもしれません。

「多すぎる」という声は、ある意味でこの新しい創作スタイルに対する、私たち読者の戸惑いの表れとも言えるでしょう。

漫道コバヤシで作者が語った元ネタ

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実は、作者の芥見下々先生自身が、自らを過去の作品を吸収して再構築する「リミックス世代」のような立ち位置で捉えており、影響を受けた作品について非常にオープンな姿勢を持っています。特にファンの間で大きな話題になったのが、ケンドーコバヤシさんの番組『漫道コバヤシ』に出演された際の発言です。

この番組内で芥見先生は、『新世紀エヴァンゲリオン』の大ファンであることや、将来的に「怪獣もの」を描きたいという野望があることを語っていました。作中に登場する究極メカ丸のコックピット描写や戦闘シーンがエヴァのオマージュであることは、先生自身が「将来のための予行練習」として認めている部分でもあります。

芥見先生が影響を受けたとされる主な作品
エヴァンゲリオンだけでなく、『ムカデ人間』のようなホラー映画やB級映画への造詣も深く、それらが複合的に組み合わさって『呪術廻戦』の独特な世界観が形成されています。

このように、作者が隠すことなく「これが好きで、ここから影響を受けました」と公言している点が、読者にとっても「元ネタ探し」を加速させる要因の一つになっているんですね。「パクリ」として隠れてやるのではなく、堂々と「オマージュ」として提示するスタイルが、芥見先生の持ち味とも言えます。

ハンターハンターと呪術廻戦の共通点

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読者の皆さんが一番「似てる」と感じ、検索してしまうのは、やはり冨樫義博先生の『HUNTER×HUNTER』ではないでしょうか。これは単に絵が似ているというレベルを超えて、物語の根幹を成す「物理法則」や「バトルシステム」に強い影響が見られるからです。

例えば、『呪術廻戦』の「呪力」と『HUNTER×HUNTER』の「念能力」。特に「縛り」という概念は、「制約と誓約」のシステムそのものと言っても過言ではありません。「自らにリスクを課すことで能力を底上げする」というロジックは、バトル漫画に革命をもたらした発明ですが、芥見先生はこれを現代風にアップデートして標準装備しています。

術式の開示=ボマーの能力発動条件
自分の能力をあえて敵に喋ることで効果を高める「術式の開示」。これも『HUNTER×HUNTER』のゲンスルー(ボマー)等が行っていた戦術的行動を、システムとして「縛り」に昇華させたものと言われています。芥見先生はこれを「おしゃれな演出」としてリスペクトしているそうです。

また、虎杖悠仁の必殺技「黒閃」の空間が歪むような演出や構図が、ゴンさんの「ジャジャン拳」や変身シーンと重なって見えるという検証も多いですね。これらは単なる模倣というよりは、「バトル漫画の面白さを追求した結果、最適解としてのハンターハンターに行き着いた」という、ある種の構造的継承のように私は感じています。

ブリーチへのリスペクトと似てる点

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システムがハンターハンターなら、作品の「皮膚」や「スタイリッシュな魂」は、久保帯人先生の『BLEACH』からの影響が色濃く出ています。芥見先生は久保先生の熱烈なファンであることを公言しており、公式ファンブックでの対談でもその愛を直接伝えていました。

具体的には、以下の点に強いリスペクトが感じられます。

  • ポエムのような詠唱: 五条悟が虚式「茈(むらさき)」を放つ際の「九綱、偏光、烏と声明…」といった独特な単語の羅列は、BLEACHの鬼道の詠唱に通じる「オサレ感」があります。

  • 画面構成と「白」の使い方: 決めゴマにおける大胆な余白の使い方や、キャラクターの立ち姿の構図に既視感を覚えるファンも多いはずです。

特に、「渋谷事変」などで見られる虎杖の絶望的な敗北シーンの構図が、黒崎一護が朽木白哉に敗れたシーンと上空からのアングルも含めてそっくりだという検証もされています。ただ、これに関しては批判というよりも、「BLEACHの遺伝子を感じて熱くなる」という好意的なファンの声も多いのが特徴的ですね。

ナルトやエヴァからのパロディ一覧

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ジャンプ黄金期を通ってきた私たちにとって、『NARUTO-ナルト-』からの影響も見逃せません。わかりやすいところでは、虎杖悠仁の赤いフード付きパーカーの衣装デザインや、先生1人と生徒3人の「三人一組(スリーマンセル)」での任務遂行という基本フォーマットに、ナルトの面影を感じることができます。

また、主要キャラクターの配置も非常に似ていますよね。

要素NARUTO呪術廻戦
熱血主人公ナルト虎杖悠仁
クールなライバルサスケ伏黒恵
紅一点サクラ釘崎野薔薇
最強の先生カカシ五条悟

これらは「王道少年漫画の黄金比」とも言える配置ですが、芥見先生はこれらを意識的に配置しつつ、ストーリー展開でその期待を裏切っていく(例えば、釘崎の容赦ない戦闘スタイルなど)手法を取っています。エヴァンゲリオンに関しても、シンジとゲンドウの関係性や、カルト的な儀式の描写など、随所にオマージュが散りばめられています。

うずまき事件と伊藤潤二へのパクリ疑惑

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さて、ここまでは「愛のあるオマージュ」として好意的に語られることが多い話題でしたが、一つだけ、明確に問題視され、修正に至ったケースについても触れなければなりません。それがホラー漫画の巨匠・伊藤潤二先生の代表作『うずまき』に関する件です。

作中で偽夏油(羂索)が使用した「極ノ番『うずまき』」の描写が、伊藤先生の漫画の絵柄、構図、タッチに至るまで「ほぼそのまま」だったことがネット上で検証され、大きな騒動となりました。単なる渦巻き模様ではなく、伊藤先生特有の緻密な線画まで再現されていたため、「トレスではないか」という疑惑まで浮上しました。

単行本での修正対応と業界の反応
この件に関しては、雑誌掲載時の絵柄が、単行本16巻収録時に別の絵柄へと修正されています。これは事実上、編集部や作者側が「行き過ぎた引用(権利侵害の恐れ)」であったと認めた形と言えるでしょう。

この一件では、『交響詩篇エウレカセブン』の片岡人生先生がSNSで苦言を呈するなど、同業の漫画家さんからも厳しい意見が出ました。ファンとしても、「好きだからこそ、一線は越えてほしくない」とハラハラした瞬間でした。これはオマージュとパクリの境界線を考える上で、非常に重い事例となっています。

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呪術廻戦のオマージュは多すぎるのか徹底検証

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「火のない所に煙は立たぬ」と言いますが、これだけ「パクリ検証」の画像や動画が出回っている以上、そこには確実に何かが存在しています。

ただ、私たちファンが知りたいのは、単なる似ているシーンの羅列ではありません。 「それは笑って許せるオマージュなのか?」 「それとも、クリエイターとしてアウトな案件なのか?」

その境界線ですよね。 ここからは、ネット上で特に議論を呼んだ具体的なシーンをピックアップし、それが「愛ある引用」なのか、それとも「行き過ぎた模倣」なのか、私なりの視点も交えて徹底的に検証していきたいと思います。

ボーボボなどギャグシーンの引用元

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『呪術廻戦』の魅力といえば、命を削るようなヒリヒリした呪術戦ですが、その合間に突如として差し込まれる「温度差で風邪を引きそうなシュールギャグ」も忘れてはいけません。この独特なノリ、実は伝説の不条理ギャグ漫画『ボボボーボ・ボーボボ』の遺伝子が暴れ回っていると言われているんです。

芥見先生のサブカル愛が爆発しているこれらのシーンは、元ネタを知っている読者にとっては「まさかここで出してくるとは!」という不意打ちであり、最高にニヤリとさせられる瞬間でもあります。

『ボボボーボ・ボーボボ』とは?
2000年代のジャンプで連載された、脈絡のない展開と「ハジケ」と呼ばれる奇抜な言動で読者の腹筋を崩壊させた伝説のギャグ漫画。芥見先生はこの作品の熱烈なファン(ハジケリスト)である可能性が非常に高いです。

特にファンの間で「完全に一致」と話題騒然だったのが、伏黒恵がレジィ・スター戦で見せた式神「満象(ばんしょう)」の使い方です。

通常、召喚獣といえばカッコよく呼び出して戦わせるものですが、伏黒はあろうことか「上空から実体の象を落下させて、その質量で敵を押し潰す」という戦法を取りました。この「戦闘中に象を落とす」という発想の飛躍、実は『ボーボボ』の主人公・ボボボが鼻毛真拳奥義として繰り出した技とコンセプトが完全に一致しているんです。

  • ボーボボ: 敵の頭上に巨大な象を落下させる理不尽な攻撃。
  • 呪術廻戦: 領域展開内や屋内戦で、象の「重さ」のみを武器として落下させる。

「象を落とす」なんて突飛なシチュエーション、偶然被るとは考えにくいですよね。これは明らかに、シリアスな死闘の中にナンセンスな笑いを混ぜ込む、芥見先生流の高度なオマージュ(という名の悪ふざけ)だと見て間違いないでしょう。

さらに、作中最強の呪術師・五条悟にも疑惑の目が向けられています。彼がアイマスク(目隠し)を指でクイッとめくり上げるあのクールな仕草。一見するとただの色気あるポーズですが、ネット上の検証班によって『ボーボボ』の人気キャラ「首領パッチ」が眼帯をめくる仕草と角度までそっくりであることが特定されてしまいました。

なぜこれが「パクリ」と叩かれないのか?
通常なら批判されかねない構図の一致ですが、引用元があまりにもカオスなギャグ漫画であるため、読者の反応は「怒り」よりも「笑い」や「困惑」が勝っています。


「最強キャラに首領パッチの動きをさせるなw」「このシリアスな場面でボーボボを持ってくるセンス!」といった具合に、ツッコミ待ちの遊び心として愛されているのが特徴です。

このように、芥見先生は自身のルーツにある作品群を、ジャンルを問わず貪欲に取り込んでいます。緊張感あふれるバトルの最中に、あえて「異物」のようなギャグパロディを混入させる。その落差が生むドライブ感こそが、『呪術廻戦』を単なる王道漫画に留めない、一癖も二癖もある面白さに繋がっているのかもしれません。

似てる構図やシーンの画像検証

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ネットの海、特にSNSやまとめサイトを巡回していると、一度は目にしたことがあるかもしれません。原作コミックのコマと、過去のジャンプ作品(主に『HUNTER×HUNTER』や『BLEACH』)のコマを半透明にして重ね合わせた、いわゆる「検証画像」の存在を。

正直なところ、これらを見た瞬間に「あ、これは完全に一致してるな」と唸ってしまう事例が少なくないのも事実です。単なる「雰囲気」だけでなく、キャラクターの関節の角度、瓦礫の飛び散り方、背景のパース(遠近感)に至るまで、驚くほど合致するケースが報告されています。

検証班によって指摘されやすい「3つの視覚的共通点」

  • 視線誘導とコマ割り: 見開きページで読者の目をどう動かすかという動線設計。特に、敵を見下ろす俯瞰(ふかん)の構図や、攻撃がヒットする瞬間の軌道ラインが、冨樫義博先生のメソッドと酷似しています。

  • インパクトの瞬間の描写: 打撃の重さを表現するための「黒い稲妻」のようなエフェクトや、空間がひしゃげるような背景処理。これらは「呪力」の表現でもありますが、視覚的には「念能力」の衝突と重なって見えます。

  • 手の演技(ハンドサイン): 領域展開で必須となる印を結ぶ指の形。仏教的な元ネタがあるとはいえ、指先の反らし方や爪の描き込みなどのフェティシズムに、先輩作家たちの手癖が色濃く反映されています。

ただ、ここで冷静に立ち止まって考えたいのが、「似ている=悪質なパクリ(トレス)」と断定していいのか? という問題です。

バトル漫画には、長い歴史の中で洗練されてきた「かっこいい構図の正解」のようなものが存在します。例えば、「右フックを最もダイナミックに見せるアングル」や「絶望して膝から崩れ落ちるポーズ」を追求していくと、人体構造上、どうしても似通った絵になってしまう。


これは生物学で言うところの「収斂(しゅうれん)進化」に近い現象かもしれません。サメとイルカの形が似ているように、求められる機能(=読者に興奮や衝撃を伝えること)が同じなら、出力される形も似てくるのです。

「参照」と「トレス」の境界線
もちろん、写真を下敷きにするように線をなぞる「トレス」は、権利関係がクリアでない限りアウトです。しかし、構図を頭に入れて「手本」として描く「模写・参照」は、多くのクリエイターが練習過程で行う一般的な手法でもあります。

芥見先生の場合、その「インプット量」が桁外れであるがゆえに、無意識レベルで脳内のデータベースから「この場面に最適な構図」として、過去の名シーンが出力されてしまっている可能性も高いでしょう。
検証画像を見て「パクリだ!」と糾弾するのも一つの見方ですが、「漫画の文法(コード)が共有されている」と捉えると、また違った面白さが見えてくるのではないでしょうか。

オマージュとパクリの違いや許可の有無

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この議論における最大の難所であり、私たち読者が最も知りたいポイント。それが「どこまでがセーフで、どこからがアウトなのか」という境界線ですよね。法的な定義はさておき、エンタメを楽しむ上での「オマージュ」と「パクリ」には、決定的な「心のベクトルの違い」が存在します。

一般的に、この2つは以下のように定義づけられることが多いです。

似ている作品の分類と定義

  • オマージュ(リスペクト):
    矢印が「元ネタ」に向いている。「この作品が大好きだ!」という敬意があり、読者が元ネタを知っていることで、より深く楽しめる構造になっているもの。(例:「ここはハンターのあれだね!」と共有できる)

  • パクリ(盗用):
    矢印が「自分」に向いている。元ネタを隠し、さも自分がゼロから生み出したかのように振る舞うこと。あるいは、元ネタの市場価値を毀損(きそん)するような悪質なコピー。(例:トレスをして自作発言をする)

『呪術廻戦』の場合、著者の芥見先生が「元ネタを積極的に公言する」というスタンスを取っているため、基本的には前者のオマージュとして好意的に受け入れられています。「隠す気がない」というのは、パクリ疑惑を払拭する上で最強の免罪符になるんですね。

しかし、ここで重要になるのが「表現の手法」です。 いくらリスペクトがあっても、「絵の線をそのままなぞる(トレス)」や「構図を丸ごとコピーする」という行為は、漫画家としての倫理観を問われる「パクリ」の領域に足を踏み入れてしまいます。

かつて批判を集めた「うずまき」の一件がまさにそうで、あれは概念の引用ではなく、絵のタッチそのもの(伊藤潤二先生特有の緻密な書き込み)を模倣してしまったため、「それはリスペクトの表現方法として間違っている」とNOを突きつけられたわけです。

許可は取っているのか?
「これ、ジャンプ編集部を通して許可取ってるの?」と気になる方も多いでしょう。実情としては、全てのパロディやオマージュで個別に許可を取っているわけではないと思われます。


日本の漫画界には「お互い様」の文化や、先輩作家が後輩の遊び心を黙認する度量で成り立っているグレーゾーンが存在します。だからこそ、法的な許可以上に「先輩の顔に泥を塗らないクオリティ」と「愛」が担保されているかが、読者が許容するかどうかの分かれ目になるのです。

結論として、芥見先生が描くものがオマージュとして成立するかどうかは、「元ネタを噛み砕き、呪術廻戦という物語のために再構築(ブリコラージュ)できているか」にかかっています。
ただ借りてくるだけなら「パクリ」。借りてきたものを自分の武器として磨き上げ、新しい面白さを提供できているなら、それは立派な「継承」なのです。

業界内での評価と権利侵害の境界線

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読者の間で議論が絶えない本作ですが、実は出版業界やプロの漫画家の間でも、『呪術廻戦』の評価は興味深い形で二分されています。編集者や批評家のような「分析する側」と、実際にペンを握って作品を生み出す「クリエイター側」で、見え方が少し異なるようです。

肯定的な意見として多いのは、「ジャンプの歴史を正統に継承し、現代的にリミックスした傑作」という評価です。過去のヒット作の「面白い要素」を因数分解し、現代の読者が読みやすいテンポで再構成する。その編集的とも言える手腕は、商業作品として一つの到達点にあると言えます。

一方で、ゼロから世界観を構築することに心血を注ぐ作家陣からは、「引用に頼りすぎてオリジナリティが希薄だ」という懸念の声が聞かれることも事実です。

クリエイターが抱く「複雑な感情」の正体

  • 発明へのただ乗り: 誰かが血の滲む努力で発明した「表現技法」や「構図」を、苦労の過程を飛ばして結果だけ使われているように見える。
  • 文化の停滞: 「売れている作品を繋ぎ合わせればいい」という風潮が広まると、新しい表現が生まれなくなるのではないかという危惧。

特にこの問題が表面化したのが、前述した「うずまき」騒動の際に、『交響詩篇エウレカセブン』などの原作者である片岡人生先生がSNSで苦言を呈した件です。


通常、同業者が公の場で他の作品を批判することはタブー視されがちです。それでも声を上げざるを得なかったのは、「先人の創作物を安易に扱うことへの危機感」や、クリエイターとしての強い矜持があったからこそでしょう。

法律よりも「仁義」の問題
著作権法におけるパロディやオマージュの判断は非常に曖昧で、最終的には「権利者が訴えるかどうか(親告罪)」に委ねられます。
つまり、法的にセーフかアウトかという議論以上に、「相手の作家さんが不快に思わないか」「事前に、あるいは事後にしっかり仁義を通しているか」という人間関係とモラルの問題が、境界線を決定づけているのが現状です。

芥見先生の場合、久保帯人先生と対談を行って直接「好きです!」と伝えたり、メディアで元ネタへの愛を語ったりすることで、なんとか「愛すべき後輩」というポジションを確立し、許容されている側面があります。


しかし、これは芥見先生のキャラクターと実績があるからこそ成立している「ギリギリの綱渡り」であり、誰もが真似して許される手法ではない、ということは理解しておくべきでしょう。

総括:呪術廻戦のオマージュが多すぎる

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結局のところ、『呪術廻戦』のオマージュの多さは、作者・芥見下々というクリエイターが持つ「ブリコラージュ(あり合わせの素材を組み合わせて新しい価値を作る)」的な才能の極致なのだと思います。

私たち読者も、ただ「パクリだ」と批判して叩くだけだったり、逆に盲目的に擁護したりするのではなく、「この表現はあの作品へのラブレターなんだな」「ここは少しラインを超えちゃったけど、修正して誠意を見せたんだな」と、冷静に、そして愛を持って作品を見守る姿勢が大切なのかもしれません。

多すぎるオマージュは、裏を返せばそれだけ多くの作品を愛し、吸収してきた証拠でもあります。

『呪術廻戦』は、過去の名作たちが積み上げてきた「マンガの面白さ」の巨大なデータベースの上に成り立っています。だからこそ、私たちはそこに懐かしさと新しさを同時に感じ、これほどまでに熱狂できるのではないでしょうか。オマージュ元となった作品も含めて楽しむことで、私たちの漫画体験は何倍にも豊かになるはずです。

まとめ:オマージュを楽しむためのスタンス
元ネタ探しを「粗探し」にするのではなく、作者との「文脈の共有」として楽しむのがおすすめ。ただし、権利侵害には厳しい目を持ちつつ、作品そのものの面白さを味わいましょう。

ライターコラム

正直なところ、「パクリ」という言葉で大好きな作品が殴られているのを見るのは、あまり気分のいいものではありません。 でも、実際に『うずまき』の一件などを目の当たりにした時、ファンの私たちでさえ「あ、これは擁護できないかも……」と冷や汗をかいたあの感覚。あれもまた、無視できない真実なんですよね。

ただ、今回こうして改めて芥見先生のルーツや発言を振り返ってみて、ひとつの確信めいた思いが生まれました。

『呪術廻戦』という作品は、**「僕たちが愛したジャンプの、巨大な走馬灯」**なのかもしれない、と。

ハンターの理屈っぽさ、ブリーチの詩的な美学、ナルトの泥臭い熱量。 かつて少年だった芥見下々という一人のオタクが、それら全てを貪欲に飲み込み、「どうだ! 僕の身体には最高の漫画たちが流れてるんだ!」と、血を吐くようにして描いている。 その歪(いびつ)なほどの熱量が、やっぱりどうしようもなく魅力的で、憎めないんです。

「似ていること」は、時として罪になります。 でも、その背後に「どうしても好きでたまらない」という純粋な初期衝動が見えた時、私たちはそれを「オマージュ」と呼んで、共犯者のように楽しみたくなるのかもしれません。

この記事が、あなたの抱えていた「もやもや」を、作品への「愛しさ」に変えるきっかけになれたら、ライターとしてこれ以上嬉しいことはありません。

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