薬屋のひとりごと｜猫猫の養父の秘密と過去を探る

◆猫猫の養父・羅門とは？その正体と育ての背景を探る

“この男は、罪を背負ったまま、薬で人を救おうとしていた。”

羅門。彼の名は、猫猫の口からはほとんど語られない。しかしその背には、猫猫の生き方を決定づけた「過去」と「覚悟」が静かに刻まれている。

もとは後宮に仕える高位の医官。その実力と冷静な判断力は、多くの女官や侍女たちの命を救ったとされる。だが、ひとつの誤診——否、もしかすると政治的な陰謀すら絡んだ“冤罪”により、彼は罪人として後宮を追われた。

その後、彼が身を置いたのは、最も生命が軽んじられる場所——妓楼・緑青館。毒と薬が混在し、死と快楽が交錯する花街で、彼はあえて「薬師」としての再出発を選んだ。

その理由を、彼は語らない。だが、花街という選択には、自らの過去と向き合うための“贖罪”の意味があったはずだ。

そしてそこで出会ったのが、妓女・鳳仙と、その娘である猫猫だった。

猫猫に薬草の知識を教え、「観察することの怖さと尊さ」を叩き込んだのは、他でもない羅門である。猫猫が毒に強く、冷静で、どこか“人の命に距離を置いた”ような性格になったのも、彼の指導の賜物といえるだろう。

ただの養父ではない。彼女の“生き方”そのものを設計した存在——それが羅門という男なのだ。

◆猫猫と羅門の出会い：どうして養父となったのか

それは、ひとつの命が、ひとつの罪と交差した瞬間だった。

羅門が緑青館にやってきた理由——それは失意による流浪だけではない。彼には、“ある女”のことが忘れられなかった。その女の名は鳳仙（ほうせん）。かつて後宮で交わした想いが、花街という別世界で再び交錯したのだ。

鳳仙は、猫猫の母。そして、死を目前にした彼女が残した命が、“猫猫”という存在だった。

あのとき、羅門がその場を離れていたら、猫猫は命を落としていたかもしれない。だが彼は、鳳仙の最期を看取り、その娘を「命を守るという意味で、もう一度医師になった」。

それは、親になるという覚悟ではなかったかもしれない。ただ、“守りたかった”——それだけだった。

猫猫が物心ついたとき、すでに羅門は“父”のような存在だった。けれど彼は、一度も「父」とは名乗らない。彼女もまた「父」とは呼ばない。

その距離感は冷たさではなく、お互いに踏み込んではいけないと知っている過去の痛みだった。

だからこそ、猫猫は強くなった。誰にも頼らず、誰にも期待せず、自分の目で毒を見抜き、自分の足で真実に辿り着こうとする。

羅門は、それを望んだわけではない。だが、娘に与えられる“最も強い薬”は、寄り添わないことだと信じていたのかもしれない。

“育ての父”——それは、血よりも深く、罪よりも切実な関係だった。

◆猫猫の過去と羅門の深い繋がりをひも解く

猫猫が育った場所は、愛よりも金、正義よりも生存が優先される花街・緑青館だった。

そこで生き延びるには、感情を殺すか、狂気を選ぶか。猫猫は後者を選ばなかった。ただ静かに、自分の頭と目を信じる術を身につけていった。

幼い彼女が一番最初に心を奪われたのは、“毒”という存在だった。食べれば死ぬ。だが、使えば人を救える。矛盾するその概念に、猫猫は魅了された。

羅門は、そんな彼女に躊躇なく毒草を見せ、香を嗅がせ、水に薬を混ぜた。普通なら止めるべき教育だ。だが羅門にとって、それは「この子に生き残ってほしい」という唯一の願いだった。

羅門は何度も言った。「信じるな。見るんだ」と。

それは裏切りの多い世界で、真実を見抜くための魔法の言葉だった。

そして——猫猫の過去を語る上で、忘れてはならない事件がある。

彼女が小指を失った日。

それは喧嘩でも事故でもなかった。花街という場所において、小さな命が“商品”であることを思い知らされた儀式でもあった。

羅門は、その場にいた。止めることができなかった。それでも、彼はその後、猫猫を抱きしめなかった。何も言わなかった。ただ、薬を塗って、包帯を巻いた。

それが羅門の愛し方だった。

だから猫猫は、誰にも泣きつかない。だからこそ、彼女は後宮のどんな謎にも臆さず立ち向かう。

その強さの源にあるのは、羅門が教えた“冷静な観察”と、“寄り添わない優しさ”なのだ。

◆羅漢との“叔父と姪”の関係に隠された秘密

「お前には似ていない」——そう言いながら、羅漢が猫猫に向ける視線には、常に不自然な優しさと苛立ちが同居している。

一見すれば、羅漢は猫猫にとって“職場の偉い人”でしかない。けれど読者の多くは気づく。その言葉の端々、感情の行間に、何か拭いきれない感情があることに。

作中で明確にされるわけではないが、猫猫の実父が羅漢ではないかという考察は根強い。それは後宮で「消された赤子」の存在と、“緑青館で育った猫猫”という二つのピースが、あまりにも自然に重なってしまうからだ。

羅漢は、あくまで冷徹な官僚として描かれている。しかし、猫猫が命を危険に晒したとき、激しく怒り、誰よりも早く動いたのは彼だった。

あれは、ただの上司の反応ではない。

それは——“あのとき守れなかった命を、今度こそ守りたい”という慟哭だったのかもしれない。

猫猫にとって、羅漢は“やっかいな上司”でしかない。だが羅漢にとって、猫猫は“見たくない過去”であり、“もう一度出会えた娘”でもある。

血縁があるかどうか、それは物語上重要ではない。

重要なのは、羅漢が猫猫を「何としてでも生かしたい」と思っているという事実だ。

それは、罪人・羅門の“育てる愛”とは別種の、「関わらずにいられない血の呪い」のようなものかもしれない。

◆どこまでが「秘密」で、どこからが「因果」か

「誰にも話してはならない過去」と「語られないまま流れる血」——この物語には、語られなかったことのほうが、ずっと多く存在している。

羅門が後宮から去った理由、猫猫の出生に関わる陰謀、羅漢の沈黙、鳳仙の最期——それらは一つ一つが「秘密」として扱われてきた。

だが、その「秘密」が連なり、猫猫という一人の少女をこの世に送り出したとき、それはもはや「因果」なのだ。

たとえば、羅門の誤診によって後宮を追われた過去。あの事件がなければ、彼は緑青館に来なかった。猫猫を拾わなかった。そして猫猫は毒を学ばず、後宮に戻ることもなかった。

すべては「偶然」だったかもしれない。でも、それがあまりにも精緻に“物語として繋がってしまう”とき、それを人は「因果」と呼ぶのだ。

猫猫が毒を扱えるのも、壬氏と出会うのも、後宮で誰かを救えるのも、羅門がかつて失敗したせい——つまり、誰かの罪が、誰かを救っているという皮肉な構造。

秘密とは、「隠されたもの」ではなく、「まだ語ることが許されていない過去」だ。

そして因果とは、「語らずとも伝わってしまう、静かな鎖」だ。

猫猫という存在は、その秘密と因果が絡み合って生まれた“奇跡の子”である。

◆【考察】猫猫の養父の過去が後宮編にどう繋がるか

羅門の存在は、これまで「猫猫の育ての親」として静かに語られてきた。だが、その沈黙の中にこそ、後宮という物語の“心臓部”に触れる秘密が潜んでいる。

後宮編では、権力争い、毒殺事件、記憶と血統のねじれなど、複雑な因果が浮き彫りになっていく。そんな中、猫猫がその“真実”に対してあまりにも冷静である理由を、羅門という存在抜きには語れない。

猫猫は、ただ強く育ったわけではない。“真実を知っても壊れないように”育てられたのだ。

後宮という場所は、美しさと知略、権威と毒の交差点。そのすべてに羅門は触れた経験を持ち、猫猫にそれを“知識”として伝えた。

さらに注目すべきは、羅門が過去に関わった事件と、現在猫猫が遭遇する事件の構造が酷似している点だ。

• 後宮に仕える医官が、事件の背後で“仕組まれた薬”に巻き込まれる
• 記録に残らない赤子の出生と、その隠蔽工作
• 壬氏や羅漢といった「猫猫と奇妙に引き寄せ合う人物たち」の過去

すべてが、猫猫が“無意識にたどり着いてしまう真実”へと繋がっている。

つまり——後宮という舞台は、羅門が犯した罪と、猫猫がそれに“答える”ための場所。

親から子へと、罪も知識も引き継がれるこの構造が、作品の“縦軸”なのだ。

今後の展開で羅門の過去が正式に語られることがあれば、それは猫猫が「自分が何者か」を選ぶ瞬間でもあるだろう。

◆まとめ｜猫猫と養父・羅門の繋がりは“物語を動かす軸”

猫猫の物語は、ただの“謎解き”でも“恋愛”でもない。

それは「命を託される」ということが、どれほど残酷で、どれほど愛しいかを描いた作品でもある。

羅門は猫猫に何も教えなかったように見えて、「この世界の見方」をすべて教えていた。毒を知り、人を疑い、でも心を守る術だけは忘れない。

猫猫が後宮で生き残れるのは、羅門という“盾”がかつてすべての毒に触れ、その苦しみを娘の代わりに受け止めたからだ。

だからこそ、羅門の過去は物語の“背景”ではなく、すべての“起点”なのだ。

罪人としての彼、薬師としての彼、父としての彼——そのすべてが猫猫という存在に注がれている。

そしてその猫猫が、いま後宮という舞台で誰かを救い、誰かの運命を変えようとしている。

命が命を救う。その連鎖こそが、“薬屋のひとりごと”という物語を前に進めている。